ドリーム小説
「なんなのよ、もう!」
綾子は景気づけに開けたビールを、一気に半分流し込んだ。
【悪霊がいっぱい!? 5】
「教室の中見てたら、いつの間にかドアが閉まっててさ、開けようとしても開かなかったのよ」
感触を思い出したのか、身震いする。一秒でも早く酔いたいよう。
「自分で閉めたんじゃねぇのか?」
何故か便乗してビールを持っている法生に、綾子は噛み付くよう言い返した。
「閉めてないわよ!やっぱりここ、何かいるわよ」
「・・・霊はいませんわ、なんの気配も感じませんもの」
細い絹のような髪、白い肌、細身に着物。
の記憶が正しければ、霊媒で有名な原真砂子だったか。校長もなりふり構っていられないらしい、テレビで見かける人である。
抑揚もなく返された言葉に、綾子はぴくりと目元を吊り上げた。
「・・・なによ、あんた」
「仮にも霊能者なのでしょ?あの程度のことで声をあげるなんて、情けなくありません?」
「小娘は黙ってなさい!アタシは顔で売ってるエセ霊能者とは違うのよ!」
「容姿をおほめいただいて光栄ですわ」
呆れている麻衣と目があって、高飛車に顔を逸らした綾子は神妙な声をあげた。
「アタシはこの場所に住んでいる地霊の仕業だと思うわ」
「チレイ?地縛霊のこと?」
「ちがうわね、地縛霊ってのは何か因縁があってその場所にとらわれている人間の霊を言うの、地霊は土地そのものの霊・・・精霊のことね」
ふーん、と分かっているのかいないのか。
法生はビールをひとくち、天井へ視線を向ける。
「おれは地縛霊の方だと思うけどなぁ、この校舎、昔なんかあったんじゃねぇ? んで、その霊が棲み家をなくすのを恐れて、工事を妨害してる感じじゃねぇ?」
法生の意見、綾子の意見。それに真砂子のものを加えれば、てんでバラバラな方向を向いている。
数が裏目に出て無いか? と、考えるを通り過ぎて、ナルはジョンを眺めた。
「君はどう思う?ジョン」
「ボクには分かりまへんです。ふつう幽霊屋敷の原因はスピリットかゴーストですやろ?」
「スピリット・・・精霊か。ゴーストは幽霊――聞いてるか、麻衣?」
「ご親切にどーも!」
もてあそぶように釘を触っているナルは、小馬鹿にしているようにしか見えない。キィッと歯をむき出した麻衣に、ジョンは声を潜めた。
「原因がスピリットやったら、そこが地霊のゆかりの場所か、家にスピリット・・・悪魔を呼び出したことがあるとかなんやです。ゴーストが原因やったら、それは地縛霊ってことになります」
「地霊だと思わない!?」
「地縛霊だよな!?」
「わ、わかりまへんです」
はナルに視線を向けると、彼もまたこちらを向いていた。
「とにかく!祓い落とせばいいんでしょ?アタシは明日除霊するわよ。こんな事件、いつまでも関わってられないもの」
やってられないと言わんばかりに教室を出て行く綾子。その姿を眉唾なものを見るような顔で眺めながら、真砂子はため息をついた。
「だからこの旧校舎に霊はいないと言ってますのに」
言いながらも真砂子の眼はの影へ。愛想笑いを浮かべると、にっこり笑顔を返された。
(うわお。さすが芸能人、豪胆だこと…)
「でもここ、いろんなウワサがあるよ。それにさっき巫女さんが閉じ込められたのは?」
「あの方の気の迷いですわ」
にべもない。
この調子でうっかり暴露されませんように、と願うの先で、真砂子はナルを伺うように見上げた。
「・・・さきほどから気になっていたのですけど、あたくし以前あなたにお会いしたことあったかしら?」
「・・・いいえ、始めてお目にかかると思いますよ」
珍しく温和な答え方だ。
なるほど相手が美人だからか? ものすごく腹が立つ。
麻衣、法生、ジョン、と横一列似た顔をして、麻衣はピシャリと声を上げた。
「ナル!陽が暮れるよ」
「ああ・・・そうだな、それじゃ二階の西端の教室に機材を入れて、僕らも引き上げよう」
「おんや」と法正が眉根を浮かせる。
「ボウヤは泊り込みはしないのかい?」
「今日はまだ・・・麻衣、。明日は授業が終わったらここへ。泊まるつもりでいてくれ」
(へーへー。どうせそうだろうと思ってましたよ)
「え〜〜、せっかくの土曜日なのに!」
「カメラを弁償するか?」
「・・・準備、しときます・・・」
口端を針で引っ掛けるようにして笑ったナルは、ぐるりと見渡した。
「それでは、ぼーさん、ジョン、麻衣に原さんは機材を回収して二階に持っていって下さい。はボクとここの機材にチェックをいれてくれ」
「げ〜、なんで俺まで使われなくちゃならねぇんだよ」
「だったらお引取り頂いて結構です」
「・・・かわいくないヤツだな、ホント」
口先を尖らせる法生にジョンが続く。意味深な目を向けていた真砂子も部屋をあとにして、
「ナル、に手ぇ出したらただじゃおかないからね!」
「・・・麻衣、さっさと行きなさい」
麻衣の高々とした足音も遠くなっていった。
「その釘が元凶?」
「ああ。敷居に刺さってた」
ポケットの中にしまう。
「右近、左近」
名前を呼ぶと、影の中からむくりと姿を現した二人が面をナルへと向けた。
『この敷地に霊はおらぬ』
姿は少年。白い浴衣に身をつつみ、それぞれ赤と青の鬼の面を顔に纏っている。
姿に合わず古びた口調で青の面をつけた少年が口を開くと、赤の少年も続いた。
『主に害をなすもの、人の形をしたもの故、我らが手を下すことはあらず』
「そうだろうな。お前が松崎さんとぼーさんに着いていくと言った時、おかしいと思ったんだ。もしここに霊の類が居るのなら、間違いなくお前は出歩かないだろうからな」
――ナル所長、私も探検に行ってもいい?
はニヤリと頬を持ち上げて笑う。
「なかなかいい信号だったでしょ」
「まぁな、お前にしては上出来だ」
――ナル、ここに霊は居ない
「つまりはそう言う事だったんだろう?」
「まぁね。松崎さんと一緒に居れば、犯人の尻尾もつかめると思ったし」
ただまぁ、と嫌味な笑いを浮かべながら顎を擦った。
「有名な霊媒師の真砂子が言う事だって信用出来ないみたいだから、一端の女子高生が“ここに霊はいません”って言ったって、綾子さんや滝川さんには信じられないでしょ――気が済むまで除霊させてみれば?」
「そうだな。こちらとしても確証のある証拠をつかまなくてはならない。しばらくは様子見と言う事だ」
バタバタと騒々しい靴音が響き渡り、右近と左近が背景に溶けるように姿を消す。
は扉の向こうに視線を走らせながら、ナルが持つ書類を奪い取ると、いかにも片付けをしていたように繕った。
「とりあえず、今日リンの見舞いにいこうと思うから、事務所に寄るわ」